Bio_100% members interview

INTERVIEW:metys

やっぱ人間20代で丸くなってちゃ面白くない

Bio_100%の名付け親 人と違うものを作り、ドキュメントにも命をかける

パソコン通信でできた仲間と、何か面白いことをやろうとしたのがBio_100%の始まり

-まずは、metysというハンドルネームの由来を教えていただいてもいいでしょうか?
metys:それは、恥ずかしいから聞いちゃダメ。ま、知ってる人は知ってますし、聞いてもどうってことない簡単な由来なんで。でも1つ強調しておきたいのは、metysというのは自分で考えた単語で、当時、周囲には全然見当たらなかったんですよ。でもその後、漫画とかアニメとかで「メティス」というキャラクターを見るようになった。そこから拾ったと思われるのは心外なので、そこだけはキッチリ書いといてください(笑)。
-メティスは俺がオリジナルだと。metysさんがパソコン通信を始めた経緯というのは?
metys:僕はパソコン通信を始める前からプログラミングを始めていたんですが、自分のプログラムを公開したり、他の人の面白そうなプログラムを手に入れたり、そういうやりとりが面白かったんですね。他のいろんなソフトの作者とか、ユーザーとかと、直接やりとりをしてみたいという気持ちが強くて。
-metysさんがフリーソフトのゲームを作るようになった理由というのも、そういうところにあるんでしょうかね。
metys:それもありますけど、でも自分でゲームを作ること自体も好きでしたからね。今だとゲームが高度すぎてそうは思わないかもですが、当時は他のゲームを見ても、なんか自分でも作れそうだなあと思えたんです。最初は僕、パソコンより先にポケコンを持ってたんですよ。学校の授業で使うやつを。それがキッカケで、プログラムを自分で打ちこんでみたり、自分で改造したり、そうやってプログラミングを覚えていきました。
-ゲームのプログラムを覚えるためには、元々あるプログラムを色々改造してみて覚えるというパターンが一番近道なんでしょうかね。
metys:そうですね。当時のプログラムって簡単なんで、「ここをもっとこうしたらいいのに」と思ったら、自分でそのとおり改造できちゃうんですよね。BASICの頃のゲームってみんなそんな感じでした。やはりゲーム遊んでみると、「俺だったらもっとこうするのに」と思ったりするじゃないですか。例えばレースゲームなら、障害物をおいたほうが面白いとか、コースを狭くしたらいいんじゃないかとか。それが当時は簡単にできてしまったんで、そういうところから入ったんですね。
-その後、Bio_100%として活動することになった経緯を聞かせてください。
metys:まず僕とaltyと羊男が、ASCII-NETで知り合って一緒に遊ぶようになった。集まってもバカな話しかしてなかったんですけどね。ネタとして、どんなことをネットでやったら楽しいかなとか。
-ネットで何か面白いことをやらかして、リアクションを楽しもうぜ的な遊び心があったと。
metys:ですね。そもそも当時のネットは、そういう人たちが多かったですね。特にASCII-NETは。ゲームに限らないんですけど、冗談ソフトとか、ツールとか、そういうのをレーベル的に発表している人たちがいて、じゃあウチらがやるんならゲームだなって。それがBioの始まりですかね。

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ゲーム制作では、面白い「動き」を表現したいというのが1つのポイントだった

-metysさんがゲームを作るうえで大事にしていたことは……?
metys:やりたいことをやる。ギャラリーの意見に左右されない! ……って、じゃあ通信すんなよって感じですよね。1人で作ってろよと(笑)。みんなに色んな意見をもらいながら「左右されない」って無茶苦茶ですよね。
-もちろん、ユーザーからリアクションがあるのは嬉しいわけですよね?
metys:それはそうです。言ってくれるのはすごい嬉しい。嬉しいからネットやってるんだけど、でも参考にしないぞって(笑)。でも、それ言ってたのはaltyじゃなかったかな。
-当時、metysさんのゲームにはオリジナリティーあふれるものが多かったですけど、metysさんがああいうゲームを作ろうと思うキッカケはどこから出てくるものなのでしょう?
metys:僕の場合、ポイントとなるのは一瞬の「動き」というか「モーション」というか。頭の中に面白い「動き」が思い浮かぶと、そこから段々発展してゲームになる……。僕は「動き」から入ることが多いですね。例えばボールがピョンと飛ぶのが面白いとか、画面がグルグル回ると面白いとか、まずそういうのを思いついて。
-確かに言われてみると、『mogler』シリーズとか、『ろりろりろーりんぐ』とか、独特の「動き」を楽しめるゲームが多いですよね。なるほど、まず動きを表現したいというところから作られているわけですね。
metys:僕の作品はそういうのが多いですね。
-当時のゲームに残ってるドキュメントファイルのほうも読ませていただいたんですけど、みなさんのコメントが熱いですね。
metys:当時はね、ゲーム本体よりドキュメントのほうがメインですから。
-え、そうなんですか!?
metys:ドキュメントのほうが命かかってますから(笑)。
-そこまで言い切りますか。いろんな方のテキスト見させていだいたんですが、metysさんのが一番熱くて、実は怖い人なのかなというイメージがありました。
metys:当時は怖いって思われてたのかなあ?(笑)。よくわからないですが、でもネットってそういう世界じゃないですか。ネットだけの会話を見てると、みんな怖く見えるんですよね。みんな真面目なこと言いくさって、どうでもいい議論に熱くなってたりしてるから。でも大体、直接会うと怖い人なんていなくて、みんな面白い人なんですけどね。面白い人か、全然喋らない人がどっちかというパターンが多いですよね。
-そういうところから、ネットでも微妙に感情を表現できる「顔文字」みたいな文化も生まれていったんでしょうかね。
metys:そうですね。でも顔文字は顔文字で、当時から好きな人と嫌いな人がいましたよね。僕は割と嫌い派だったんですけど。で、色々顔文字にも派閥があって、例えばASCII-NETでNIFTY風な顔文字を使うと散々バカにされたり。面白い時代でしたよ。最近はネットも丸くなっちゃって面白くないですね。みんな匿名だったら色々攻撃するんだけど、匿名じゃなくなるとみんなシュンとしちゃったり、勢いないですよね。
-そういうトゲトゲしい部分もあえて楽しんでいたわけですね。
metys:そう。トゲトゲしい部分こそ楽しいんじゃないですか。
-やっぱり怖い人だったのでは?
metys:あはははは。いや、僕は攻撃されて「そんなことないよ」ってなだめるほうだったんだから、ほんとほんと。
-当時のBio本で、「自分でいいソフトを作り上げて、他人にそれをただであげて、それで低姿勢になる人の気持ちがわからない」というmetysさんのセリフがとても印象的でして(笑)。いや、実際おっしゃるとおりではあるんですけど。
metys:いやあ、若いっていいですね。当時はハタチそこそこなんで、やっぱ人間20代で丸くなってちゃ面白くないですよね。
-ご自分の作品以外ですと、Bioのゲームでは何がお好きですか?
metys:一番盛り上がったのは『CarⅡ GRANDPRIX』かな。他の人のデータと競えるとか、おいしい付加要素が盛りだくさんで。ゲームだけが面白いというんじゃなくて、それを含めた全体の盛り上がりが面白かったですよね。
-『CarⅡ GRANDPRIX』は、あれだけでツールが2本作られているのがすごいですよね。あの広がり方が。
metys:ゲームをただプレイするのももちろん面白いんですけど、人が集まって、それをネタにみんなで盛り上がれる環境というのがネットゲームの面白さであって。そういう部分で、『CarⅡ GRANDPRIX』はすごく優れているゲームでしたね。スコアを競うとか、面白い走り方を見せるとか、遊び方が色々あったので。作ったaltyも、そういうところを意図してああいう設計にしているんだと思います。

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【metys data】
●ハンドルネーム:metys(メティス)
●本名:竹越毅(たけこしごう)
●生年月日:1967年10月3日
●出身地:生まれは大阪だが、すぐ東京へ
●血液型:O型
●趣味:子供の相手
●現在の職業:システム・アーキテクト
●既婚 or 未婚:既婚
●好きな食べ物:タイ料理
●好きな言葉:右斜め45度
●好きな当時のゲーム:
『F-ZERO』、『とびだせ大作戦』
●一番好きなBio_100%のゲーム:
『CarⅡ GRANDPRIX』

Bio_100%で得たものは同好の士作ったものを同じ目線で語りあえる良き仲間

-当時Bio_100%で活動されてて、一番楽しかったのはどういう部分ですか?
metys:パソコン通信をやる前は、もちろん友達はいるけれども普通に遊ぶだけで、ゲームをやるにしたって単にゲームを遊ぶだけで。でもパソコン通信をしてからは、一緒にゲームを作れる仲間ができた。自分と同じ目線で語りあえたり、自慢しあったりできる仲間が出来て、すごく面白かったです。やはり同好の士ってやつですよね。同じようなことやる仲間が出来ると、1人でやっている時の10倍も100倍も楽しくなってきますから。僕は昔からものを作るのが好きで、中高生のころは鉄道模型のレイアウトを作って学園祭で披露したりしてましたし、それと同じように、ネットを通じて作ったものを人に見てもらえる楽しさが味わえましたね。
-そういったBioの活動が、自分のその後に与えた影響というのはありますか。
metys:今でも仕事でプログラムを作っているんですけど、プログラムを開発することが、面白いと思えるようにしてくれましたよね。当時は自分の楽しみだけでやっていたので。最初から仕事オンリーで始まっていると、そうはならなかったもしれないですよね。
-現在もプログラム関係のお仕事をされているんですね?
metys:なんかね、システム・アーキテクトらしいですよ。
-いただいた名刺にはそう書いてありますね。
metys:この肩書きは自分でつけたんですけど、一番偉そうというか、かっこよさそうな名称を考えてつけたんですよ。仕事の内容は、プログラムを設計したり書いたり、プロジェクトを進めたりとか。普通の開発の仕事ですよね。ネット系の開発とでも言っておいてもらうといいのかな。最初はパッケージソフトのプログラムをやってたんです。ゲームソフトなんかもやってたんですけど、もうこれからはそちらは儲からないなと十何年前に思って、ネットの開発屋になったんですけど。
-今後はどんなことをやってみたいですか? お仕事のことに関わらず。
metys:何かしら、自分の子供に「すごい」と言われることをやってみたいですね。それはゲーム制作かもしれないし、何かの技術を見せつけることかもしれないし。
-お子さんは現在4歳で男の子ということですが、metysさんの子供時代に通じるものはありますか?
metys:ああ、レゴに夢中になっているところなんかは似てるかもしれないですよね。あと、見た目のほうも僕と似ていて、ジャニーズ系ですごいハンサムなんで、そのへんは強調しといてください(笑)。
-では、お子さんの写真も載せましょうか。
metys:それだけで1コンテンツ作りましょう。もう1万枚くらい載せますかね。ムービーも必要かな。
-metysさん作のゲームの動画の中に、1つくらい混ぜておきましょうか。
metys:もう、ゲームの動画なんか下のほうでいいので。
-では最後に、metysさんにとってBio_100%とは何だったのかを教えてください。
metys:あの頃、イギリスで流行ったゲーム制作集団があったんだよね。シグノシスだったっけ? 違うか。シグノシスよりもっと前だったかな。すごいイカすゲームを作ってた集団があったんだよ。俺、あれに例えたいんだよね。何だっけなぁ……えーと……。(と言ってPCで検索しだすが、結局見つからなかった)

(収録日:2008/5/16)

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