Bio_100% members interview

INTERVIEW:alty vol.2

そんな楽しい仕事で食べていけるんだみたいに思って。

Bio_100%の代表。黎明期のWindowsゲーム開発技術を伝道。

Bio_100%結成以前の体型を取り戻した

—前回のインタビューの時と比べると、ずいぶん痩せられましたね。
alty:そこから来ますか(笑)。とにかく食べるのは大好きなんですが身体を動かすことには興味持てなくて、長らく不摂生してきたんです。でも去年くらいに自らの重さやダルさのせいで旅行や食事を存分に楽しめなくなってきたので、意を決してダイエットを始めました。まずはパーソナルトレーナーに運動と食事内容をしっかり管理してもらって、最初の三ヶ月で30kgくらい落とせました。
-重い病気にかかったのかと心配しましたよ。
alty:いや全くの健康体ですから。トレーナーの言いつけを守ったら簡単に体重が減ったので何だか楽しくなってきて。身体が軽くなってジョギングも出来るようになると、さらに体重と体脂肪率が減っていきました。気が付いたら運動大好き人間に変わっていましたよ(笑)。いまは毎日のようにジムに行ったり走ったりしています。
-リバウンドとか心配は無いんですか?
alty:結局25年前くらいの体重に戻ったんですけど、これがあまりにも軽快で。この身体は手放したくないので、運動主体の生き方に変えようと思います。
-まるで別人のようで違和感ありますよ……
alty:Bio_100%を結成したころはそんなに太っていなかったんですよ。『metys's Snow Wars』に出てくる僕のキャラもスリムじゃないですか。『Bio本1』の写真だって太ってないですよ。それを取り戻しただけです。
-そういう時代もあったんですね(笑)。

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新作ゲームリリースよりも技術情報交換の場として変わっていったBio_100%

-今回は、Bio_100%結成以降のお話を伺いたいです。
alty:3人で結成した以降は仲間もどんどん集まって、Bio_100%銘のゲームも増えていきました。僕自身も新作を早く完成させたい一心でコードを書きまって本当に楽しかった。期待してくれる人たちと協力をしてくれる人たちがモデムの向こうで待っていて、作りたい新作のアイデアはいくつもある。もうコーディングに没頭するしかないですよ。でも実際は徹夜でダラダラとチャットとかやっていたので、ストイックに開発し続けたっていうことでは無いんですけどね。
-チャットルームに接続したまま寝落ちする人とかいましたね。
alty:そうそう。10分くらい無反応だったりすると、チャットルームの他のメンバーにテキストで墓を建てられたりして……
-『Bio本1』が出たのはそのころなんですか?
alty:そうですね。当時のパソコンユーザーの間でフリーソフトの人気は高かったですけどパソコン通信を出来る人は限られていたので、雑誌や書籍の付録フロッピーによる配布の経路って大きい存在だったんですよ。Bioのゲームも色んな雑誌やムックから収録依頼を貰っていて、それぞれ個別に応じていました。そんな状況でASCII-NETで活動していたこともあって、当時のアスキーさんからBioだけで一冊出しましょうよと声を掛けてもらったんです。単なるフリーソフトの書籍配布ではなくて、クリエイターを前面に出してくれるというありがたい形で出版できました。
-当時としては結構な部数が出たそうですけど、『Bio本2』はそれから3年も経っているんですね。
alty:そもそも2が出るなんて誰も考えていなかったですから、1の時に各自持ちネタを出し切っていたんですよ。2の話が出てからも実現するまでには結構時間が経ってしまった記憶があります。Windows対応やゲームタイトルの内容が大きくなっていたのもあるし……。あの頃に僕が完成させた『Finalty』はとにかくデータ作成に時間がかかってしまって、少人数で作る無理は感じました。勢いだけでは作りあげられなくて、途中で放置したり(笑)。自ら楽しんで作る限界をちょっと超えたような。
-もっと手軽な内容にするとか、そういう考えは無かったんですか?
alty:他のタイトルはそのようさせて頂きました(笑)。大変な面もあったけど書籍という形でまとめられたのは良かった。Bioメンバー間でも結束が高まって楽しかったです。
-Windows対応が出来ているということは、その頃はマイクロソフトで働いていたんですか?
alty:いえ、まだですね。この後に『WinDepth』でWindowsコンソーシアムから賞を頂いて、それが縁でDirectXのエバンジェリストの仕事に就きました。その頃はWinGやDirectXの可能性にワクワクしていたので、渡りに船でした。そんな楽しい仕事で食べていけるんだみたいに思って。
-趣味を仕事にしてしまった感じですね。
alty:当時すでに技術系雑誌の連載もやっていたんですが、上司だった大浦さん(後のXbox事業部長)に確認したらペンネームなら続けて良いよって言ってくれて。それでDirectX解説の連載を続けたり、Bio_100%のサイトで情報配信できたんです。公式な見解でないことが功を奏して無責任に書けるので楽しめました(笑)。あの頃、僕にとっては新作ゲームを作るよりも、DirectXやオンラインゲームの技術自体に興味が行ってたんです。その影響で、BioのWebサイトも技術情報交換の場としての性格が濃くなってました。
-情報の出所にいる人が運営してるんですから、盛り上がるでしょうね。
alty:一応、オープンになっている情報だけでしたけど、どこよりも早く情報を出していましたからね。
-ずるいですね。この頃は新作ゲームは全く作っていなかったんですか?
alty:当時作っていたのは技術のデモや連載記事の教材的な要素が強くて、あまりゲームっていう感じでは無かったです。『Carax'95』はちゃんと遊べるように作りましたけど、終盤のデータなんかは割と適当です(笑)。
-敵が山のように出てきましたよ。絶対クリアーできないくらいに(笑)。

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Bio_100%での活動がaltyに新たなチャレンジをもたらす

-マイクロソフトの米国本社にも居たと聞きましたが。
alty:DirectXの日本市場対応=PC-9801対応が遅れていて、それの開発支援で行きました。自分にしてみたら大好きなPC-9801とDirectXの仕事が出来るので、それは充実しましたね。DirectXの開発部門はレドモンドのビルディング27にあって、そこで一部屋あてがわれて。昼は日本向けDirectXの開発支援、夜は日本のゲーム会社への技術支援、その他の時間は雑誌連載記事とかサイトの更新とかして四六時中DirectXを満喫しました(笑)。ただチームの中でしばらく過ごすと、エンジニア達が自分たちのプロダクトとしてDirectXを作っているのがとても羨ましく見えてきたんですよ。僕は現地採用のエンジニアではないのでソースコードにチェックインする権限は持っていなくて、日本のマーケットでのエバンジェリストでしかないことを認識させられました。
-やっぱり自ら開発したいという欲求が出てきたんですか。

DirectX開発責任者
Eric G. Engstrom氏とalty

alty:そうですね。技術をフォローするだけでは満たされなくて。彼らの仕事のスタイルには得るものが数多くあったし、なによりエンジニアが情熱を持ってコードライティングに没頭しているのは羨ましかった。そういう気持ちを向こうの開発リーダーだったEricに直接伝えたら、まずレジメ(履歴書)を持ってこいと言われました。
-現地採用の面接をあらためて受けろということですね。
alty:それで友人にレジメの書き方を教わって準備するんですが、色々調べると向こうで働き続けるのは社会的に様々なハードルがあるし、仕事の内容も自由に選択できる訳ではないことに気付いて。英語文化でやっていく自信がなかったのもありましたけど(笑)。日本で起業してチャレンジしたほうが面白いんじゃないかと思いました。最先端技術でなくても影響力がなくても良いから、とにかく自分で作ったと言える仕事をやりたいと。原稿執筆を続ければとりあえず食べるには困らないはずだし。そして、Bio_100%の仲間が誰かジョインしてくれるだろうと勝手な期待も抱いていました。
-若さを感じさせる勢いですね。そんなに簡単に起業したんですか?
alty:実際はすぐには辞めさせてくれなくて(笑)。引き留められて、しばらくエバンジェリストしていました。起業の準備を進めながら。
-で、起業されたと……。どういう会社にするかイメージはあったんですか? 目標にした会社とか。
alty:いや全く無いんです。大手ゲーム会社みたいになる筋道も特に立てられなかった。まずは零細の下請けソフトメーカーとして、Bio_100%メンバーの一部で会社を作りました。それなりに仕事の引き合いはあったので。でも、いま考えると本当に無謀だったと思います。
-何か具体的にやりたいこととか、作りたいものはあったんですか?
alty:テーマ的にはインターネットが盛り上がってきていたので、パソコン通信世代からやってきた僕たちにとっては、やはりネットワークゲームでやるしかないというのはありましたね。そういった流れでその会社はドワンゴと合流していくんです。
-佐々木俊尚さんの著書『ニコニコ動画が未来を作る ドワンゴ物語』にもBio_100%のエピソードがたくさん出てきますね。
alty:そうですね。当時の流れはこちらの本が詳しいので興味のある方はぜひ読んでください。佐々木さんにはBio_100%を凄い存在のように書いてくれてありがたいのですが、ドワンゴの源流がBio_100%っていうのはおそれ多いので勘弁してほしかった(笑)。Bio_100%メンバーでドワンゴに関係するのは一部ですしね。
-この頃からBio_100%としての活動が停滞していったんでしょうか?
alty:いったん起業してしまうと、食べていくための仕事の優先順位が上がってしまって、Bio_100%としての活動を推進するのはなかなか出来なかった。逆に僕がBio_100%の看板を利用して営業したり人材を集めたりしたので、他のメンバーには迷惑かけたかもしれない。実現しなかった『Bio本3』の企画も魅力ある収録タイトルが十分に揃わなかったし、そもそも書籍というよりはインターネットで、という時代でしたしね。
-活動としてはその後も『SuperDepth』のWindows移植版とかテスト公開されてましたよね。
alty:あれはBioメンバーのNAGが内容をアレンジしながら移植を進めてくれていたものなんですが、HDDクラッシュでソースコードをすべて失ってしまったんですよ。とても良く出来ていたので本当に残念。彼にはもう一度がんばって貰いたい(笑)。
-あれで活動休止的なイメージが出来てしまいましたよね。

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【alty data】
●ハンドルネーム:alty(アルティ)
●本名:森栄樹(もりひでき)
●生年月日:1968年11月13日
●血液型:O型
●趣味:運動、旅行、食事
●現在の職業:ANODOS Inc. 代表
●既婚 or 未婚:既婚
●好きな食べ物:泡
●好きなパチスロ:
『コンチネンタルIII(メーシー)』

Bio_100%の現在、そしてこれから

-他人任せじゃなくて、現在ご自身ではBio_100%の新作ゲームを作らないんですか?
alty:いまは自分の会社や趣味の運動に忙しいので……でもいつかやるかもしれないので期待せず待っててください。
-新作発表と銘打ったにもかかわらず、新作ゲームじゃなくてビールが出てきましたけど。
alty:世の中に面白いゲームはもうたくさんあるし、いま新作ゲーム作って遊ぶよりは変なビールでも作って飲んだ方が楽しいと思っただけなんですけどね。
-当時の作品を簡単に遊べるようにしてほしいという要望は多いですよ?
alty:当時の楽しい思い出に留めていた方が(笑)。でも要望には応えたいですね。支持してくれた人たちへのお礼として。
-このサイトを公開した後、何か変わったことはありました?
alty:親や学校のパソコンで当時Bioのゲームを遊んでいたっていうファンの世代の人たちからの声を頂いたのはとても嬉しかった。ガチでオッサンホイホイ的サイトになると思っていたんですけどね。自分たちより若い世代にも楽しんでもらえていたことには全く気付いていなかったので。
-今後、このサイトではどういうことをやっていくんでしょうか?
alty:全くわからない(笑)。そもそもこのサイトもミュージックCDが完成したら放置しようと思っていたのに、結局ちょこちょこと更新したりして。ついついやってしまうんですよね。サービス精神っていうのではないんだけど、何か調子に乗ってやりたがる自分の性格がいけない。たぶんこれからも他のメンバーの迷惑にならない範囲で、少しずつ何かやってしまうと思います。
-これからBio_100%としては何をやっていくんでしょうか?
alty:それはもっとわからない(笑)。僕一人だけでいろいろやってもBio_100%とは言えないですからね。同窓会的イベントが出来たら良いのかな。
-altyさんが今後、挑戦してみたいことはありますか?
alty:日々身体を動かしていると感覚が研ぎ澄まされて、物事から何かを吸収する能力が高まってる感じがするんです。気のせいかもしれないけど(笑)。自分と向き合ってトレーニングを重ねて自分の能力を総合的に高めていきたい。BioのメンバーでAjaxさんという人がいるんですが、10年以上前からエンジニア兼アスリートで。まずは彼と一緒に走れるようになりたいです。そうすればBio_100%としてアスリート活動できますからね(笑)。

(収録日:2009/10/20, 撮影日:2009/6/23)

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